必要なのは理念です。

 2020年に開催される東京オリンピックのメーンスタジアムとして、ザハ女史がデザインしている新国立競技場。日本の大御所であられる槙文彦先生の勇気ある意見表明により、建築家を中心に建築の是非を問う議論が活発化しております。建築エコノミストの森山氏が、建築否定派の急先鋒として、活発に意見表明されてます。(詳しくはこちら

 

 そしてつい先日、やっと基本設計がまとまったとの報道がありました。(詳しくはこちら

 

 コンペ時のデザインからどんなふうになったかというと...。

コンペ時のパース
コンペ時のパース
基本設計時完了時のパース
基本設計時完了時のパース

 パースのアングルが異なるので、正確な比較にはならないかもしれませんが、コンペ時のデザインがかなりスポイルされてませんか?。コンペ案の時から自転車のヘルメットなんて呼ばれていましたが、更に自転車のヘルメットを置いた感が強まってるような気がしませんか?。

 

 景観破壊だとか、大きすぎるだとか、はたまた屋根が開閉できないじゃないかとか色々と言われ、それを解決するためにやむを得ずこうなりましたって感じですね。私も以前似たような経験をしているので、日本側で設計を担当されている方達のご苦労もよく分かります。

 

 でもこれって、建設を否定する方達にこのデザインを否定する口実を与えたような状況で、コンペ案通りに出来なかったってことは、ダメな案を選んじゃったからでないの?ってつっこみ入れられまくること必須です(というか、既につっこまれてます)。

 

 私は建設否定派、推進派どちらに肩入れするつもりもありません。ただ私が思うのは、そもそもどういう理念でこのデザイン案を選び、誰が責任持っているのかが全く持って不明というのが、今回の騒動を生んでいる原因ではないかと思います。もし確たる理念を持った責任者が、建設否定派に、正々堂々と反論し議論を深めれば、ザハ先生のデザイン性をスポイルすることなく、国民の理解を得ながらプロジェクトを進めることも出来ると思いますよ。でも現状は誰がプロジェクトの統括責任者なのかも分からず、ザハ案を選んだ明確な理念もなく、設計JVが問題点をつぶしながら難なくこなしているといった状況。これではいいもの出来るはずありませんよね。

 

 今回の場外乱闘、否定派がいくら盛り上がっても、プロジェクトは淡々と進捗し、予定とおり7月には現国立競技場が解体されると思います。でも、本当にこれで良いのでしょうか?。建設するならコンペ案を最大限尊重した計画で進める、そうでなければ否定派(改修派)の意見とおり改修に舵を切るかのどちらかだと思いません?。

 

 そして私の最大の疑問なのですが、どうして未だに国家プロジェクトを外国の著名デザイナーにお願いしなくてはならないのでしょうか?。建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞受賞者を、数多く輩出している日本の建築界に適任者はいなかったのでしょうか?。このあたりにも日本そして東京の都市景観をどうしたいのか?といった理念の欠如が感じられる訳です。たとえば、日本の木組みを活かしたデザインとすることをテーマに掲げれば、隈さんなどがデザインするという選択肢もあったと思います。(外国人建築家の事務所に在籍していたお前が言うなよ、という話でもありますが…。)

 

 いずれにしても2020年には、日本人が世界に対して胸を張って誇れる競技場でオリンピック観戦したいものですね。チケットが取れればの話ですが…。