龍安寺の石庭

 先週11日に京都に行くお仕事がありましたので、そのついでに石庭で有名な龍安寺に行ってきました。

 さすがエリザベス女王が絶賛したというだけあって、平日の午前にも関わらず大賑わいでした。修学旅行生、関東から来たと思わしき主婦のグループ、外国人・・・。

 石庭といえば石の数。なんでも15個ある石のうち、1個の石は必ず見えないように配置されてるとか。15より1少ない14は不完全さを示しているとのこと(wikipediaより)。なので、みなさん必死に石の数を数えておられました。

 

 

 石の数を数えるのもいいのですが、ちょっと違った視点でこの庭を眺めると、いくつか面白い「仕掛け」があるのがわかりました。

 

■仕掛け その1

・座って庭を見たときに、塀の頂部が人の目の高さにくるようになっています(写真参照)。そうすることで、どの角度から庭を眺めても、塀の頂部が一直線になり、石庭の見え方に安定感を生みだしています。

 

■仕掛けその2

・実は庭が傾いている!、のではないかと思います(写真参照)。塀のほうから人が座る縁側に向かって、ちょっとだけ傾いているように感じられました。傾けることで庭に配置されている石と石の見え方に”ひずみ”が生まれ、結果として伸びやかな風景を作り出してるのではないでしょうか?。

 

■仕掛けその3

・庭に樹木の影を映りこませるために、白い砂利をひいているんだと思います。砂利にも黒やグレーなどもあり、どちらかというとグレーが一般的です。しかしあえて白い砂利を採用しているのは、影を庭に写りこませ、見る人の目を楽しませているように思えました。

 

庭に映り込むしだれ桜の影が、物事を抽象的かつシンプルにとらえる、禅の考え方を映し出しているように思いました。

 

庭の短手面の壁です。壁の高さが、縁側方向に高くなっているのも謎ですが、よーく見ると、ほんのわずかですが、庭もちょっとだけ縁側方向に向かって下がっているように思います。

 

 見学の〆に、寺の裏手にある、有名な蹲(つくばい)も見てきました。四角い水受けを「口へん」として、四方に配された漢字に組み合わせて読むんだそうです。

「吾唯足知」=吾れ唯(ただ)足るを知る と読むんだそうです。その意味についてはこちらに詳しいですが、なんだか蹲に諭されたような気分で、龍安寺をあとにしました…。

 

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コメント: 1
  • #1

    淤能碁呂太郎 (日曜日, 04 11月 2018 20:48)

    本日、学校では京都への修学旅行に向けての集会。子ども達が調べてきた資料の中に、石庭で有名な龍安寺がありました。15個の岩があるのに、どこから見てみても14個しか見えない不思議な石庭。なぜこんなつくりなのか?15個の岩の意味は?諸説あるそうですが・・・。
    これ、「国生み神話の島々」を表しているのではないか、とふと思い当たりました。
    つまり、大八島の国(淡路島・四国・隠岐の島・九州・壱岐・対馬・佐渡島・本州)、小六島(吉備児島・小豆島・大島・女島・知訶島・両児島)と、最初に創った「オノゴロ島」です。これで、あわせて15島です。
    しかし、神話には記載されているのに、場所がはっきりしない、「オノゴロ島」は、まさに存在しているのかどうなのかわからない島。古事記には15島と書いてあるのに、どう調べても14島しか判らない。
    このことを、この石庭が表現しているのではないかと思ったのですが、どうでしょうか?