龍になれ、雲、おのずから集まる

 3月12日の報道で、森ビルの森稔会長が3月8日に亡くなられたことを知りました。

 

 森会長とは2000年に一度だけお会いしたことがあります。それは私が羽田第2ターミナルのデザインをまとめるため、アメリカのシーザー・ペリ事務所で仕事をしているときでした。たまたまとある物件の打合せで森会長(当時は社長)が渡米され、ペリ事務所に来所されるということで、議事録係兼アシスタントとして打合せに同席させて頂きました。

 

 早朝のNYに到着した足でそのままニューヘブンのオフィスに来られ、打合せの後NYにトンボ帰りするという強硬スケジュールでしたが、疲れた様子もなく淡々とした語り口で打合せに臨まれている姿がとても印象的でした。本当に落ちついた方で、オーナー社長にありがちな威圧的な態度もまったくなく、終始にこやかな表情で同席者に接しておられました。が、それと同時に、都市再開発にかける内に秘めた熱意と情熱は、その存在や言葉から十分感じ取れる方でもありました。

 

 その後暫くたった2008年1月27日の朝日新聞「仕事力」において、森社長のインタビューが掲載されていました。森社長が父の後を継いで不動産業を手伝うようになったこと、アークヒルズ(だと思います)で地権者のとりまとめに苦労したことなどが掲載されていましたが、そこに以下のような記事がありました。

 

「志が高ければ、いろいろなところから思いがけない協力者や賛同者が現れます。異なる意見や反対意見の人も志だけは理解してくれます」

「振り返れば、作家・武者小路実篤の『龍になれ、雲、おのずから集まる』の言葉に支えられてきました」

 

 アークヒルズの再開発事業では、数百世帯の地権者を取りまとめるため、相当粘り強く交渉したそうです。交渉にはご自身が出向き、再開発の必要性について、ひざ詰めで説いて回ったとありました。

 

 反対する地権者が相当数いたようですが、そのような交渉過程のなかで、自分を支えていたのは、「都市がより良い未来を拓く」という高い志であったと、森社長は振り返っています。高い「志」が自分を支え、そしていつかその「志」に賛同してくれる人が、周囲に集まってくるのだと。

 

 そして森社長はその志によって再開発事業を成功させ、その後も宕グリーンヒルズや六本木ヒルズなどの再開発事業を成功させたのは、みなさんも良くご存じのことでしょう。

 

 バブル崩壊後の長い経済不況、そして昨年に起きた大震災など、なかなか明るい展望が描けないこの時代ですが、まず地域や社会を良くしていきたいという志にもとづいて、個々人が行動を始めることがとても重要なのだと説いているように思います。そしてその志に基づく行動は、きっと世の中を良くし、ひいては自分が成長する糧になるのだと。

 

 一度だけあった森会長の姿と新聞で接した言葉は、つよく私の胸に刻まれています。その功績に賛否両論あるのも事実ですが、それ故に偉大な人だったと改めて思います。

 

 心よりご冥福をお祈り致します。

 

宕グリーンヒルズ(PCPJのホームページよ)
宕グリーンヒルズ(PCPJのホームページよ)

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コメント: 2
  • #1

    yasuhiro uemura (水曜日, 14 3月 2012 11:11)

    僕もいつでしたか、日経の「私の履歴書」に森会長が書かれていた文章を読んで、一企業が面的開発を行うにあたり、これだけの期間と確固たるビジョンを持ち続けておられることに感銘を受けました。公共ではなく民間でそんなことが出来るのは森ビルしかない、いや森会長だから出来たことなんでしょう。その記事の後、上海に進出され、その事業に私の大学院の時の上海出身の同級生が関わっており、上海の発展を考えると、常に時代を読む先見の明を感じました。ご冥福をお祈りします。

  • #2

    ikeda-architecture (木曜日, 15 3月 2012 09:34)

    uemuraさん。
     確かに都市の面的開発は、オーナー企業がトップダウンで行わないと難しいでしょうね。特に日本のような、土地神話が根強い国ではなおさらのことでしょう。